2012年5月24日 (木)

『ねじれた文字、ねじれた路』 トム・フランクリン 

年賀状で友人に紹介されて、すぐリクエストしたが「今」読み終えた。

長く待ったものだ。

いろいろな意味でねじれてねじれてしまった自分たちの過去を人生を

ひとり考え、起こってしまったことを思い起こす。

静かな静かな話。

「読後、静かに本を閉じ、しばし余情に浸りたい。出来ればその日一日は何もせず、たった今見届けたばかりのいくつもの人生について反芻しながら過ごしたい。」あとがきより

そう思うかはこの本をどうとらえたかにもよるだろう。

ミステリ好きとして、どんでん返しを望むのならそれはかなわない。

だけれど、もっと大きなものに巻かれ、流されていく

彼らの人生に

確かに読んだ後はそういうことに思いを馳せた。

主人公の一人ラリーはよくありがちではあるが

風変わりで、孤独で純粋な人格、それを抑え気味に書いている。

互いにいうべきことが言えないことで

すれ違う、25年間

ゆっくりとラストに向かい、

明日への希望を明るい光を予想させるものが感じられ

私はほっと胸をなでおろした。

ミシシッピあたりの人種間の引っ掛かりはまだまだあるんだ。

人種を超えた二人

その将来が楽しいことを!

そんなことを思わせる、ミステリだとか、そうでないとかではなく、心に染み入る作品だった。 28冊目

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2012年5月23日 (水)

宝塚歌劇雪組公演

雨の、寒い昨日

何年振りか、で宝塚劇場に行ってきた。

友人が切符をくれたのだ。

001日比谷の交差点から。

何年ぶりかの宝塚である。0055

0100090088隣の日生劇場はよく来たな、などと思い出しつつ。

日生劇場には舟木一夫の広告があった。

久しぶりに

ひとりで出かけた。

ゆっくりじっくり歩く。

その結果、少し早目についたので、フラフラする。
(体調が悪くなったという意味ではない。ウィンドウショッピングの意味)

012014中に入り、宝塚サンドという名前のサンドイッチを買い(せっかくですから、ね)、席でひとりぱくつく。

そういう準備は怠りない。

そのうちお隣の人々もやってきて、

初めての、切符をくれた友人の、その友人の奥様とも

初めてとは思えぬほど親しくお話しする。

反対側には

私の古くからの友のご夫婦が並ぶ。

019(←こちらはチラシ

そんな空気の中、久しぶりの宝塚であり、

音楽とダンスの組み合わせというのは私の大好きなものである。

幸せな気分に浸り…

ところが、予防のため風邪薬を飲んで出たせいか

予想通りというかちょっと眠い。

「うと・・」

「あぁ、いかん!」てなことを数回繰り返す。

後半はシャイニング・リズムというグランドレビュー。

ダンスはさすが。

前から5番目というチョー前の席で

久しぶりの宝塚を見た。

やっぱりライブはいいです。

帰りはちょうど5時前後の電車ということで、

優しい友のご夫婦に無理を言って、山手線で座って新宿まで一緒に行ってもらった。

私一人だったら、もっとのろのろだったと思う。

皆さんに感謝しましょう。

チケットくれてありがとう。

楽しい会話をありがとう。とても初めてとは思えませんでした。

そして、一緒に帰ってくれてありがとう。

そのあと、夫を待つ間に

立田野で「クリームあんみつ」を食べ

合流してから、沼津港とかいう回転寿司屋さんでお寿司を食べ、(家に帰っても何もないから)娘がとってくれたロマンスカーで帰ってきました。

みんなホントにありがとう。お世話になりました。

「いいリハビリだったね。」と言われました。少し自信がついたかな。

調子に乗るとすぐ剥がれる私の自信。

気を付けよう。

見ながら「歌舞伎」と「宝塚」は反対だけれど、同じかな。

などと考えていた。いつかもう少し考えてみたい。

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2012年5月22日 (火)

『ゲートハウス』 上下 ネルソン・デミル

昨日は金環日食で、

そして今日はスカイツリーで朝が明けた。

今年は天文学的にはゴールデンという。

楽しみだ。

さて旅行の写真の整理を終え、ほっと一息。

連休前に読んだ本の話です。

上巻 712ページ

下巻 704ページ

厚いという意味のあっ巻であった。

たしかこの作者はミステリ作家。

しかしミステリとは思えぬ上巻の長さ、内容、こんなに何もない状態が続くと

きっと最後は思いもかけぬ展開が待っている、

私の予想を超える何かが、

長い上巻はそのための伏線か、

それにしてはほんとに先が読めないな、ある意味凄い、

そう思い期待しつつ、やっと読み終え、下巻に進む。

しかし

事態はミステリ的には、なかなか進まない。

最終的に

これはミステリではないな、と思う。

離婚した夫婦の再びの愛情の話がメイン。

前作「ゴールドコースト」の続きらしい。

私も半分は意地で読み切った。

最後には何かがあると、それを信じて

確かに最後までくれば、何かはあったが、

これはやはり、いわゆるミステリではないと思う、少なくとも私の好きな推理やどんでん返しのわくわくするものではない。

普通の恋愛小説、ハーレクイン模様に重きを置いた小説 26,27冊目

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2012年5月20日 (日)

函館元町で、帰ります…⑦

まだ3時。(この旅を最初から読むのはこちら。)

観光案内のおじさんみたいに物知りの息子に連れられて

元町方面に行く。

今回はいけないと思っていたところだ。110894


上をロープウエィが通る。

函館山のあたりはまだ桜が咲いていた。

110875駐車場は昨日夜来たロープウェイのところで、無料だった。

そこからは歩いて見て歩ける。はず。

110879
カトリック元町教会

110906




石畳の大三坂にある。

110881

110883110882_8

110886

110913




函館ハリストス正教会(1859)

日本で初めてギリシャ正教の布教を始めた教会

Yohane02006

函館聖ヨハネ教会(1874)
八幡坂110884

110888

公会堂まではもう少し

1108944


元町公園
海が見えます。

110895公会堂

110918

110912


そのあとベイエリアと言われるところに車で行きました。110909

道も空いているようでした。

ただレンガ倉庫あたりは観光バスがずらり

1109100日本最古のコンクリート電柱

観光雑誌にも載っていました。まさか知ってて通ってくれたのではあるまいな。

信号で止まった時にあったのだ。
大正12年に作られたものという。1109088
交差点から
教会の向こうに函館山が見える。

車を返して、空港へ。

お土産買って、夕食はラーメン(今回は食べてなかった)

帰りの飛行機は、週末日ハムと西武の試合があって、

その帰りの選手とそれを見送る人で混雑していた。

それに吉本の人たちもたくさん。

飽きない飛行機だったが、滑走路に前の飛行機が止まっていて、

茨城上空でしばらく旋回して待機していたようだ。

私はさすがにど・疲れて、爆睡していた。

楽しい、ぎっしり詰まった旅でした。

帰ってから大沼のお団子やつまみでビールを飲みながら、撮った写真を見せ合い、これは面白い写真だ、いい写真だと反省会。

これも楽しいのです。

私としては並んでいる仔牛のアパートを並んで必死に撮る息子二人を、携帯で撮る夫まという図を撮った写真が自慢。

ありがとう、またね!

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2012年5月19日 (土)

五稜郭へ…⑥

110816五稜郭近くの

函太郎へ。

なぜなら割引券があったから。

どこでも見かけたから、もしかして持っていない人はいないのかもしれない。

354悔いの無いよう思い切り食べて8000円だった。130円(緑の皿)から500円ぐらいまで、

あいにく今は、やりいかの季節で、少し高かった。
でも悔いの無いように、食べました。いっぱい。

「悔いの無いよう」がキーワード

110858359_2それから五稜郭へ

363_2桜の下には

たくさんの人が

楽しそうに

バーベキュー

110868

ぐるっと回って、まず五稜郭タワーへ。

365お堀にサクラ

青い空

向こうには山

いいなぁ

いい景色だ。

366_2

2006年に新しくできた

タワーから
372_2
110834_3よく眺めたら、

今度はあの中央にある

箱根奉行所に行ってみましょう。

タワーの影に

寄り添うように

たくさんの

ブルーシート

こんなにいっぱいいたのです。

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397_2折れた木から

見事に花をつけている桜

凄い

ありがとうと

思わず・・・

110882_2

393

奉行所は道内最大の木造建築物という。

確かに城のように大きい。

2010年7月復元
403_2


ぐるりと回って

戻ってきました。

110868_2

さて、もう少し時間があります。
どこ行こうか。
(⑦へ
406

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2012年5月18日 (金)

大沼公園へ…⑤

朝の食事は6時半からということで(よそより早い!)

朝ぶろはその前、食事したら早出すると決まっていましたが、

少しずつずれて、お風呂に頑張って入り、食事が7時、

スタートは8時45分

今日は大沼公園に行きます。

285見えてきました。駒ケ岳。
過去に北海道には何回も何日も来ている息子も、私も

どういうわけか大沼は寄ったことがなくて、電車内からのみでした。

お天気は昨日よりもさらによく、快晴!9時30分着

朝食をしっかり食べた我々に対して、息子1はさすがに疲れたのか起きられず、というか風呂優先で大沼に着いた時から

「まずソフトクリーム?」と言い、

「今は腹いっぱいだぁ。」という返事で却下されていました。

食べないのが悪い、しかし昨日も一人で朝早くから運転して疲れたから・・

などど、思い煩う(??)私でした。

110921407大沼公園の駅前、明治38年創業の「沼の家」のお団子

日持ちがしないので、その日のうちに食べます。美味しかったです。

湖面に浮かぶ島々を表しているそうな。290

お団子屋さんの前から大沼公園駅を見る。すぐ前です。
291_2駐車場に停めて、歩きましょう。

遊歩道があって、15分から50分コースまで4つ。

「どうする?お母さんは遊覧船でもいいよ。」なんて言われちゃあ、「いいよ、大丈夫よ、50分コース行くよ!」

っていうことで歩き出します。

293「後楽橋を渡り、公魚橋、浮島、アイヌ島と続く7つの島を巡るコース」とか。

いい天気は私の背中を押してくれます。

「隊長!今何時ですか。」「何分!5分ほど遅れ!」てな会話をしつつ

写真を撮りながら

小さな橋を渡りながら、駒ケ岳を見ながら、鳥を見つけながら、297


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110768


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木や草を探しながら、島を巡って

緑の森の中を歩きました。

110815


それから、前日から絶対食べる!と騒いでいたソフトクリームです。

私も食べる気十分、のども乾いてさぞおいしいはず。

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341車ですぐの山川ミルクプラントへ。

バニラです。

こってりというよりは、さっぱりしておいしかった。

つい先日生まれたばかりの仔牛もいました。

そろそろ函館に戻って、お昼は回る「お寿司」です。

回らないのは、落ち着かない。

12時前に着いたので何とか待たずに入れました。(⑥へ

 

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函館といえば・・・夜景④

110721函館と言えば

やはり「夜景」らしいです。

どの本を見ても一番に書いてあります。

最初私の計画では夜景は入っていませんでした。

なぜ?
答え「見たから・・・」
しかし、初めての人もいるし、

一応行っとく?ていうことになり・・・

今回は宿と飛行機付きのプランなので、温泉にも入りたいし。

で、早めにホテルに着き、食事をしてから夜景見物という計画です。

その前に温泉、あの有名な湯の川温泉です。

ここに泊まるのは初めて。

お土産屋が並ぶ温泉街のような、温泉らしい雰囲気はあまりなく、

固まってホテルが立ち並ぶという雰囲気。

110743やはり北海道で、広いからなのかな。

予想よりずっと立派なホテルで、きれいでした。

部屋は10階

最上階のお風呂からは見晴がいいです。

チェックインすると、今日は団体さんが来るので食事はその前5時半からでもいい、ということで、

急いで温泉に入り、5時半には食事会場へ、

今日は予報では「寒い!」これが問題なのです。

しかし我々は旅好き一家、ということは慣れている、ということで

準備万端。(自慢ナリ)

7時45分ごろホテルにバスが迎えに来てくれます。夜の函館山観光コース、と言っても夜景だけ、あとはお車からの見学となりますって。山に行くだけのバスです。

それまでに食事して、支度をします。

ヒートテックのシャツの上に重ねることシャツ上着4枚、マフラーもして。

家での冬もこんなに着たことないよー。

函館山に降り立った際の完全防寒体制の用意はできました。

ガイドさんに町の説明を受けながら、進んでいきます。

今日は風が強かったので、よく見えます。

バスの中からも歓声が聞こえます。

110730110733一番いい展望台の一番前は狭いので、みんなで順番に仲良く見ましょうね。

そう思いました。

後ろにいた女性が唇をぶるぶるぶる震わせて寒そうにしていました。

低体温症になっちゃうぞ。

とにかく込み合ってて

カメラを固定して撮ろうにも場所がなく、

じっと頑張って抑えていると、誰かの手や体に押されて・・

まあいろんな光の芸術作品が撮れました。

ちょうどいいころに集まって

かえりはロープウェーで降ります。あっという間でした。

そこからまたバスで宿まで。

着いたら10時少し前だったでしょうか。

冷えた体には温泉が効きます。皆考えることは同じで温泉は混んでいました。

明日も早起きの予定だけど、大丈夫かなぁ。(⑤へ続く

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2012年5月17日 (木)

松前・寺町…③

099案内書で見ると

結構離れているようでしたが

お城のすぐ裏が寺町でした。
こちらは本丸玄関。

尋常小学校に使われていたとありました。

163164樹齢370年以上という大ケヤキ

江戸時代に蝦夷地を支配する松前藩の城下町であった松前は、

箱館戦争の際に旧幕府軍の攻撃で市街地の大半が焼失してしまいました。

それでも寺町の一帯には、江戸の面影を残す街並が残り、貴重な建造物が点在しています。
中でも法源寺の山門は江戸中期に建てられた道内最古の建造物の一つで、1993年国指定重要文化財

110702175松前藩主松前家墓所手前にある「法幢寺」

凛として美しい寺だった。
177(1834年再建の御霊屋(みたまや)には松前藩歴代藩主位牌安置)179

166松前神社の裏手にある「法源寺」

184奥尻由来で1490年移転・本堂は戊辰戦争で焼失・山門は1993年国指定重要文化財

龍雲院
本堂・庫裏は1842年に建築されたもの。

国指定重要文化財。1625年に開かれた曹洞宗の寺院。戊辰戦争の戦火を免れ、江戸時代のままの伽藍を残す貴重な建物である。

エゾカスミザクラがある。

寺町には、桜の名木があり、古寺がならぶ。

江戸時代には15の寺院があり、そのうち5つの寺が現存している。

110715110716_2「光善寺」

有名な血脈桜のあるところ。204_3


早咲き南殿なので

既に散りかけだったが、幹など趣があり、枝葉の張り出した様子に年代を感じた。

110712_3

小京都と呼ばれていた松前独特の歴史的風景がここにある。

北海道は自然が雄大で美しい所ですが、歴史的な建造物は逆に少ないです。

当然と言えば当然ですが。

そんな北海道で、松前の寺町は本州と同じ歴史的な城下町の様な
雰囲気をもつ唯一の町といえるかもしれません。

早めにホテルに帰り、夜景だ!(函館夜景の④へ続く

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2012年5月16日 (水)

松前の桜…②

065松前と言えば、お城、松前藩、そんなことしか知らず、

ちょこっと桜も有名とは聞いていた程度で、しかし行ってみると

それはそれは本州の桜とは全く違うさまざまな桜たちが迎えてくれました。

早咲きの桜は既に散っていましたが、

それはそれで地上を彩る花びらとなり、

103すてきな私たちの桜まつりでした。

069松前の桜の始まりはソメイヨシノ1000本を大正天皇ご成婚を祝して植えられたことからという。

「北海道有数の桜の名所松前公園。松前公園の桜は250種類、1万本です。

097087


「桜といえば、エゾヤマザクラを思い浮かべますが、松前公園内の桜はソメイヨシノをはじめ、南殿(なでん)、雨宿(あまやどり)、糸括(いとくくり)、一葉(いちよう)、関山(かんざん)、普賢象(ふげんぞう)などがあり、松前生まれの
鬱金(うこんなど100種類が存在し、見る人を楽しませてくれます。」

120113そんな風にありました。

なるほど!「鬱金」も松前産なのか
(そして今、「松前産」で突然思い出す、しまった!松前漬けを買ってくるのわすれた!と)

松前公園は日本最北、道内唯一の日本式城郭。
福山城(松前城)がある公園。
松前城のほか、松前藩主松前家墓所、桜見本園、それと寺町と呼ばれる松前城北部の5つの寺院がある。

計画した時はお城付近だけでいいかと思っていたが、その隣が見本園で、楽しく見て回っているうちに

寺町になり、私は松前の見どころを見て歩くことができた。

110684


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松前公園は4月下旬から5月下旬にかけて、道内で最も早い桜の名所として名高い。また、道内随一の桜の名所でもある。

約1万本が咲き誇るここの桜は、250種類と種類が豊富であり、花びらの数が多い(5枚以上)品種が多いのが特徴。また桜の季節が1ヶ月以上と、長いことでも知られる。

松前が桜の名所として有名になったのは、「花守(桜守)」という、当時町役場の職員だった故・鎌倉兼助氏が函館にも負けない花見で町を盛り立てようとして、植樹・増殖活動をしてからだという。

有名な光善寺の血脈桜から枝をもらったという。

大正末期から昭和10年代まで根気よく続けられ、戦後も再び植え続けられたという。荒れた人々の心を慰めようとしたらしい。

今でも「南殿」が一番多いのは彼の功績によるという。

その後、二代目花守として、小学校教諭の浅利政俊氏が尽力した。

152
桜の調査を始め、児童たちと「松前町桜保存子供会」を立ち上げ、全国から様々な桜の種を集め、収集・交配を繰り返し、150もの新品種を生み出したということだ。

150そのうち松前生まれの固有種は約70品種に上るという。

浅利さんが子供たちと築き上げたサクラ園が現在の「桜見本園」で、一般に公開され、ここでは約100品種300本の桜を鑑賞できる。

この精神が今も受け継がれ、多くの人のボランティアに守られている松前の桜。

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美しいはずだ。人々の思いが詰まった花が咲いている。

松前では「サクラが咲いたね。」ではなく

「南殿」が満開だから、そろそろ「雨宿」が咲き始めるかな、と話すのだという。

まさに、さくらの里の会話である。

サクラを誇りにして、桜とともに生きる、町の人みんなが「花守」なのだ。

そこに無事に行けた私もまっこと幸せであった。

山桜などが好きだったが。これはこれでみんなの熱い思いが伝わってくる。

156松前公園のおおよその桜開花時期

特別な桜:
・冬桜(4月上旬及び12月ころの年2回咲く)
早咲(4月下旬~5月上旬):
・オオヤマザクラ
・ソメイヨシノ(松前城入口脇の桜前線本道上陸標準木など)
・南殿(なでん)(光善寺血脈桜など、松前で最も多く見られる松前早咲)
中咲(5月上旬~5月中旬):
・雨宿(あまやどり=白色)(松前城界隈など)
・糸括(いとくくり=手まり状が特徴)
・御衣黄(ぎょいこう=黄色の花弁が特徴)
遅咲(5月中旬~5月下旬):
・一葉(いちよう)
・関山(かんざん=花弁10枚、紅色が特徴)
・普賢象(ふげんぞう)

黄色の花弁が特徴の「御衣黄(ぎょいこう)」、黄緑色の「普賢象(ふげんぞう)」、「鬱金(うこん)」「静香」「白鵬」などのオリジナル品種があり、すべて見られるのはここだけだという。

そのため、松前町は独自に桜の品種別開花予想を出している。大変だけど、おもしろい、ね。

確かに観光協会のページには「おもな桜の開花予想」などがあった。(③へ続く)

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2012年5月15日 (火)

函館へ…松前①

土曜日日曜日と息子たちと函館へ行ってきました。

一応、父の日母の日記念招待旅行というわけで、私の退院後から始まって3回目となります。(2011年(大分)、2010年(札幌))

今回は息子2も誘って。

どうやら息子1が一人で我々の相手をするのは非常に大変だと気づいたようです。無理やり気味に誘っていました。

朝一番の羽田発の飛行機で行き、夜8時ちょっと前に乗って帰りますから

かなり中身の濃い旅行でありました。

011a行きは何があってもいけないので

余裕を持って出ます。

ベイブリッジあたりで日の出になりました。

6時40分ごろ発で、」函館には8時着

レンタカーを借りて、9時前にはスタート。

今回は何が何でも松前に行きたい。

北海道でここはまだいったことがないのです。

そしてこの辺はまだまだ桜が咲いているようです。

もうそんなに見なくてもいいのですけど、

咲いているので、見ます。はい

022a松前まで海岸線を通り、

函館山がよく見えました。

島ではなくてつながっている山です。

この辺りは小雨が降っていました。

おかしいなぁ、雨が降る予定はないんだけど。

松前に着いたら雨は上がって、傘は持たずに歩きます。

0444a048a0466aまず道の駅、北前で

松前マグロ三色丼、マグロ漬け丼、荒磯ラーメンを食べました。私は?もちろん三つどんぶりがある方。息子2と同じ。美味しかったです。1200円

ゴールデンウィークは渋滞で先へも進めなかったようですが、今回は駐車場もすぐ入れました。今はねらい目なんです。

040a053aあの向こうに見える城まで、頑張って歩いていきましょう。

松前城と桜が見えます。

海まで降りてバイパスから松前の町へ。(②へ

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2012年5月14日 (月)

『ようこそ、自殺専門店へ』 ジャン・トゥーレ

週末にこの数年恒例の
母の日父の日記念(?)旅行で函館方面に行ってきました。
そういうわけで、今日はこれからやるべき事をちょっとして
終わったら、また写真の整理をしようと思います。

この本はネット街をフラフラしていて

見つけた一冊

題名は危ない香りがするけれど、中身はそうでもない。

 ブラックユーモア、あんどシュール

そしてファンタジー

ラスト1行で、えーっ! 驚き!

これでいいのか、なんだぁ「使命」って。

もう少し何とか、

どこまでもシュールだ。

語りもさほど丁寧ではないけれど

その行間に

人々の心の動き、優しさが見えてくる。

地球には酸性雨が降り、窓の外には世界を制覇したと思われる

大きな中国語の看板

近未来の話かな。

しかし自殺の方法はかなり昔ながらのアナログなのだ。

まあ、こういう話はつじつまなど合わなくてもいいのかもしれない。

どこまでもハチャメチャで。破天荒、それでいいのだ。

中に一本筋はとおっている。

出てくる固有名詞は自殺した人の名前からとられている。

アランは「数学者“アラン・チューリング」からきている。

アップルのマークのかじったリンゴのもと。

そして「ミシマ」まで。

フランスで大ヒットという。

なるほど、そうかも。

でも日本ではどうなのだろう。

アニメ映画を製作中で2012年に公開されるとか。

アニメにしたら楽しいかもね。

予告編をユーチューブでみたが、絵もしゃれててよかった。

が、子供的に夢を見られるかどうかの色ではないようだ。

「人生は、今ここにあるんです。
人生にはそれだけの価値があります!・・・
「なんでもいいところを見るようにしなくちゃ」

2011,9

内容(「BOOK」データベースより)

10代続く老舗の「自殺用品専門店」へようこそ!どんな死に方をお望みで?首つりロープ、切腹セット、毒リンゴにタランチュラ。ふつうの死に方から、男らしい死に方、女らしい死に方まで、死を願うすべての人の希望を叶える商品を取り揃えております。店はわれわれテュヴァッシュ家が代々経営していますが、おかげさまで、いつもそこそこに繁盛しています。われわれ一家はこの店にふさわしく、暗く、陰鬱で、笑ったことなど一度もありません。だからこそ、お客様にも信用していただけるのです。長男のフィンセントはいつも頭痛に悩まされ、頭は包帯でぐるぐる巻き。現代のゴッホのような風格です。長女マリリンはものぐさで覇気がないけど、店の雰囲気を壊したりはしません。…なのに、末っ子アランが生まれてから、すべてがめちゃくちゃです!この子がベビーカーのなかで笑うのを見たときから、イヤな予感はしていたんです…フランスでベストセラーになったブラックユーモアあふれる物語。

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2012年5月12日 (土)

松代・皆神山へ⑤

(5月4日)(この旅を最初から読むのはこちら

さて今日はどこへ行くか、疲れないようにやっぱり美術館から。

北野美術館です。

冬のオリンピックで有名(?)な北野建設の北野美術館です。
007aその手前に天満宮がある。新しい。

1993年に湯島天満宮信濃分社を敷地内に作ったようだ。湯島天神に奉納したという立派な社殿だった。

どう見ても敷地内にあるので

どういうことかと思ったがそういうことだった。

その前には会社の研究所のようなものがあったから、全体的に広い敷地だったのだろう。

収蔵品は和洋・絵画からロダンの彫刻まで多種にわたっている。

展示は四季に分かれているようだ。013a

春の季節にちなんで、入ってすぐの中島千波の「三春の滝桜」,それに北村西望の「母子像」などが印象に残った。

そのあと、皆神山へ登った。

029a不思議な話がある山で、皆さんの皆神山のブログを読んでいるととても楽しい。

この皆神山は堂々と「皆神山ピラミッド参道」と道案内にも書いてある。

不思議なことだ。

046a_2参拝駐車場にも、大きくしかも断定的に書かれているのは

その摩訶不思議な説で、私にはさっぱり理解できない。

この看板の文字はかすれてきて少し読みにくいが、はっきりピラミッド云々と書いてある。

あちこちのHPにあるので知りたい方は見てください。

050aその横に遠慮がちに「溶岩ドームである」と書いてある木札が並んでいる。

そしてどちらにも署名はない。

誰が書いたものか、掲げたものか、がない。

いろいろ調べてみたが

磁場が強いことは確かなようだ。

なかなか面白い場所だった。

思えば、自然科学的なものでも、信じるものとすれば、信じられる対象だ。

この二つは両立できるのだろう。

042a5月5日にピラミッド祭とかを開催するそうで、山頂駐車場奥の桜の下では用意がされていた。

そうか、明日だものね。

044a


山頂からは眺めがよかった。

それから松代のお城「海津城」に行った。081a


068072a





061_2




息子はつい最近、桜の季節にきたばかりらしい。

既に葉桜。

これもまたよし。

以前(10年前ぐらい?)来た時より、いろいろ建物もできている。

そうだ、あのころは工事中だった。

そして父母と4人だった。

これが完成形かな。
明日は午前中に帰ります。

たのしかった。

ありがとう。

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2012年5月11日 (金)

むれ水芭蕉園④

次はいいづなリゾートスキー場の隣のむれ水芭蕉園です。
263262「いいづなスキー場駐車場からすぐ近くが水芭蕉園入口で、

40万株の水芭蕉が遊歩道をうめつくします。

一周のんびり歩いても30〜40分位で散策出来ます。

比較的穴場的な存在で、思っていた以上に素晴らしい水芭蕉に出会る事が出来ます。
127_2道路の反対側には二輪草園もありますので、時期があっておりましたら素晴らしい二輪草の
群落が見られます。」

と案内のHPにありました。

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145_2鬼無里とかのは知っていましたが、ここは詳しくは知らず、行きました。

おなかが空いていた私も、近くに何もないので、パンとリンゴでいったん抑え、元気に(?)歩き出しました。

どの程度のものかわからないので、

最初のコーナーで写真を撮っていましたが、

やがて、気が付けば

木道の両側、遠くまですべて

水芭蕉、リュウキンカ、二輪草に覆われ、

みんなして
ちょこんと首を出して、こちらを見ている水芭蕉。

それに気が付いて、あわてて、「怪しいものじゃござんせん。
ちょっと見させてくださいまし。」ってな具合に、歩いていきました。140_2
261_6
40万株がどのくらいなのか、よくわかりませんが

私が今まで見た中でも結構多い水芭蕉の群生でした。

大きすぎるでもなく

程よく、美しい水芭蕉でした。

きれいな水の流れの中を気持ちよく歩いたひと時でした。275


道路を渡って

二輪草園にも行きました。

こちらはもう少しでした。157
161霊仙寺湖でやっと食事

ゴルフ場のレストランで。

湖には長い浮橋がありました。

鉄分を沈殿させることを目的に建設された沈殿池が霊仙寺湖らしい。

夕方になったので、

山を下りてリンゴ畑の中の温泉に行きました。

たくさん美しい花を見た一日でした。

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2012年5月10日 (木)

袖之山のシダレザクラ・曹源院のシダレザクラ③

100袖之山のシダレザクラ

長野県天然記念物です。

樹齢300年以上と伝えられています。

別名「安養寺の柳桜」というそうです。

大字袖之山の、少し小高くて狭い平坦地の端に立っている。

088こちらの公民館側から向こうの桜まで。
道を下って上る。

この手前の桜は公民館側にある、おそらく、その子。

桜のある場所と、道の反対側にある、今は公民館となっているところが、廃寺となってしまった安養寺の本堂だったという。

094
両方の土地はほぼ同じ高さに、寺側から斜めに下っている。

その間に狭い道が谷のように開かれている。

両方ともつながっていた土地のように思え、その間を切り開いて道を作ったのでは、などと考えてしまった。

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それほど桜は、
崖の近くに立っていて、
それが功を奏して、長い枝ぶりは思う存分、根の下まで垂れることができる。

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幹は太く、近くで見ると古木らしくゴツゴツして、優しい枝ぶりとは違い芯の強さみたいなものを感じさせる。

225桜の立つ土地にも何か小さい御堂とかなにかがあったのではないかと思わせる空き地の具合だ。

 
花はまるで滝のように地上に滑り落ち。
あぁ、滝桜もそうだった。

みんな同じことを考える。これが「滝」だと。

三春の滝桜とはずいぶん印象が違う。

三春は広い土地を与えられて・・・

いいんです。
私はここで生きていきます、と聞こえた。そうですね。人それぞれ。

盛りは過ぎたようだったが、それが逆に色に深みを添えて、なかなかいい雰囲気でした。

118それから、曹源院へ。111


ここでいいのか、これがそうか、と思うほど何も書いていない。

静かで誰もいない里山の中、とはいっても民家のあいだにある。

238


写真を整理していたら、
なぜか少ない、なぜだろう、おなかが空いていたのだ。私がである。

ひとり、「おひるにしよー」「でもここには食事する場所はないよ。」とかの会話を今、思い出した。

しかし、この二つはほとんど人もいなくて、ゆっくりと眺めることができました。

暖かい日差しの中で、

今思い出してもいい時間でした。

ほっこりとした

温かいまるい空間。

次はお昼!

飯綱高原へ!お昼食べにいこー

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長野の遅い春は花盛りで…丹霞郷②

(5月3日)

全国的に一日中雨という予報だったので、美術館に行く予定でした。

ところが起きてみたら、いい天気だったので、飯綱町方面に花を見に行くことにしました。
関東ではとっくに過ぎた桜の季節もまだそこかしこにありました。

ネットで開花状況を調べると、「葉桜」「散り始め」「満開」などとあり、花に間に合うところにいくことに。まず丹霞郷です。

「10haの広さに1500本の桃の木があり、画家の岡田三郎助が昭和8年『まるで丹い霞がたなびいているようだ。』といったことから命名されたという。」

006北信五岳がみえ、広々として、見晴らしがよく、車を降りたときから、美味しい空気に大満足。(私は広々、見晴、が好きなのだ。)

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桃は種類によるのか、早いところとこれからのところがあり、長く楽しめるようだ。

ここは一般農家の園地という。

いい空間を提供してくれてありがとう。

(③へ続く)0261024

035  

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2012年5月 9日 (水)

続きまして長野へ。素桜神社の神代桜①

娘一家が帰った翌日

1日早朝、朝6時前、我々3人で長野に行きました。

道は空いていて、県境のトンネルを超えたら青空になって。

ベランダのホウレンソウを全部摘んで持っていき、夜は今年最後の

ホウレンソウ鍋をしました。

018翌日は長野の素桜神代桜を見に行きました。

エドヒガンザクラ国指定の天然記念物(昭和10年)

樹齢1200年

幹回り11.3メートルで、まれな老木であり、当市内におけるもっとも重要な自然文化財

と長野市教育委員会の看板にあった。026

002さらにもっと古い文部省という立て看板には

神代桜(別名 素桜)
此ノ桜樹 周囲11.3メートル也
上15メートルヨリ3大主幹ニ別レ東西約30メートル南北36メートル余ニ及ブ枝翼ヲ張リ開花ノ季節ニハ盛観ヲ呈ス
樹種ハ東彼岸(江戸彼岸)ト云フ

樹齢2千年ニ達センカ本県下他ニ比類ナキ老樹ナリ 文部省」

ものすごい褒め方です。

神代桜と言えば山梨のかと思いきや、こちらにもあったのですね。

そういえばあちらは「山高神代桜」と言いますね。

山梨のも好きで何度も行きました。
あちらも自然の命の凄さを感じさせる木でした。特に岩のような幹には必死さが伝わりました。長いこと友と立ちすくんでいたことを思い出します。

きれいとかいうありふれたものではなく、生きることのすさまじさ、激しさを感じたものです。

こちら信州の山の上の集落は見晴しがいいです。晴れていれば北アルプスが見えます。

山道を登っていくと大きな桜が見えてきます。

008_2この辺でぽつりと雨が降ってきて、
残念ながら肝心な桜の景色の部分が雨粒で隠れて。

想像してくだされ。

山梨と同じ名前なので比べてしまいそうですが、始めは長野のは「なんちゃって」かとまで思ってしまいました。知らぬこととはいえ、すみません。

山梨のは有名で、大賑わいで観光バスもたくさん来ますが

029032こちらは山道を登っていくところで、

小さな神社の境内にでんと座っています。
むしろ桜の木の中に神社もあるという風でした。

周りはリンゴ畑で見晴もよく、信州の風情がいっぱいです。

駐車場もなく、観光バスの入る余地はありません。


駐車場と言えば、我々がどこに停めようかと、考えていたら、
人があらわれて

「ここには止める予定があるので。」
それはいいのですけど、
「警察にも言ってありますから」てなことを言われ、
それはNHKの中継の用意の車でした。
044仕事熱心な方たちです。

下のほうに停めて歩いて行きましたが、後で振り返って思うに
一言も「すみません」とかの言葉がなかったね、
その晩テレビの生中継信州版で放送していました。

まあいいですけど。




地元の方が「天然記念物ですから、我々が守っていかないと…」のようなことをお話していらっしゃいました。

感謝いたします。

中継のその頃には普通に雨でした。038

この白いのはリンゴでしょうか。015

リンゴの木の花はまだつぼみでしたが。梅かな。

013_3005そのあと、
善光寺にご挨拶に行きました。
064_2

昨日実家で妹に会ったとき

「最近のブログ手抜きじゃない?」と言われましたが、
遊びに忙しく
写真の整理が間に合わないためと思われます。

(②へ続く)

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2012年5月 8日 (火)

牧場カメラマン?!⑤

富士山が

部屋の中からよく見えるので

348マゴッチ1号も大きなカメラを手にして

カシャカシャと撮っていました。

その音が気に入ったのかもしれません。

せんじょうかめらまーん わたなべよういちでーす」などと言いながら。

「このバッテンをね、富士山の頂上に合わせてね、ふじさん!こんにちはぁ~っていって撮るの。」ですと。

部屋からの写真撮ることおそらく20枚以上

カメラの持ち方もさまになっています。

パパだけは「戦場はやめてほしい」と真面目に言っていましたが。

197それから、牧場まであちこちで撮っていました。

で、牧場カメラマンに変更!

得意になって、最後には連写までしていました。
そのうちの2枚です。

こちらは牧場の駐車場のこいのぼり。

息子2がいうには傑作だと。はい、おじバカ?です。

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2012年5月 7日 (月)

29日…まかいの牧場④

009k朝霧が出ていたのが030k、見事に晴れました。

左に流れていく霧。167k

011kメインダイニングは芝生の向こう。

026kデッキのテーブルで朝食をとっている人もいました。034k

息子二人が昨日夜に一生懸命考えて

今日は牧場へいくことに。

「今日は牧場に行くよ。ひつじがいるよ。」というと

おくじょうにひつじがいるの?」ときくマゴッチ。

「おくじょうじゃなくてぼくじょう!」

051kすいすい走って朝霧高原の190k

179k魔界の牧場に到着

いえ、「まかいの(馬飼野)・・・」です。

ところが広い駐車場は車がいっぱい、入れません。

どうしよう・・・

連休ってこういうことなのね。

「わたし、牧場でひつじにあいたい・・・」

つぶやくマゴッチ約1名
200k特別にかどうか、
牧場の中の駐車場に入れて。

嬉しそうな人々。というか我ら。

とにかくよかった。

206k牧場の柵の中にはヤギや羊が放し飼い。059

202


餌をあげようとしたら、飛び掛かられて

人参をすべて放り投げて脱兎のごとく

走り下りるマゴッチ。

まるでマンガのように

後ろに吹き出しが付いているように

早かった!残念ながら証拠写真はとれなかった。

帰りはできたばかりの新東名で帰る。

ほとんど混まず、母の家に集合。

撮った写真を見せ合って

また笑う。

楽しかったね。

また行こうね。

総勢9人のにぎやか旅行でした。

ビールとともに食べた、まかいの牧場土産のサラミソーセージは思い出に残る(?)絶品でした。

周りのビニールをともに飲み込んだ娘のおなかがちょっと心配でしたけど。

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2012年5月 6日 (日)

大石公園からホテルへ③




150i_4お昼を食べてから

富士山がよく見える大石公園に行く。

運転手の息子に「大石公園に行ってちょうだい」というと、

「え?大石公園にいくんすか?」

「よくキャッチボールしたり、朝体操したとこですが…」

144i息子は合唱の合宿で何度も来ていたので
見る気もしない?らしいけど、初めての人もいるからね。

この辺は音楽関係のサークルが使う宿が多いという。

で、どこにもピアノはあるらしい。

泊まったところはホールもあった。

桜がまだ咲いていて、はらはらと散り始め、きれいでした。

ホテルはその近くの

前に行ったサニーデリゾート

チェックインまで、あと少し散歩でも・・・

奥河口湖あたりまで。

162i


「お姉ちゃん 危ないよ!

何が見えるの?」

何でも真似したい弟です。352_2

315i


部屋からは真正面に富士山が見えて。

お風呂に入ってから、
息子たちとカメラを持ってすぐ前の湖の散歩道に行く。

向こうの岸の桜並木175i

231i

桜越しの富士山に
夕陽が当たるのを待っている人がたくさんいました。みんな富士山のほうを向いています。

「あなた、人気ありますねぇ。」
「はい、おかげさまで・・・」優しい声が返事する。

そして皆さん いい写真が撮れますように。

280iお風呂からも、庭からも、
いつでもどこでも見える富士山です。

見える日は・・・ですけどね。

前に来たときは

お風呂の曇ったガラスに富士山を書き

「こんな風に見えます。」と説明しました。

楽しい宴会と。 

283そして楽しい写真を1枚。

題名「写真判定・・・自由形」

タッチの差でやはりパパの勝ち?

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2012年5月 5日 (土)

河口浅間神社…②

さて、4月末から、うろうろ出歩いていた私ですが

本日、家に戻ってきました。

で、やりかけの河口湖に行ったブログの続きです。(富士山  その2
027h029h032hお昼の前に「河口浅間神社」に行きました。

この浅間神社は荒ぶる火山=富士山を鎮めることを目的として865年造営されたと言います。







052h

057h059h074h絶好の好天にも、浅間神社を訪れる人は少なく、
杉の大木の参道にふーんむ、すごいなあと感心しつつ、歩いていきました。049h

樹齢800年ほどらしいです。

今は参道には杉が10本、檜が1本あり、樹高45メートル、幹回り7メートルから、とあります。

062h_2そしてここには7本杉と言われる樹齢1200年の県指定の天然記念物があると聞いてやってきたのです。

本堂の右側にしめ縄を張った杉が林立しています。

参道よりも大きい杉がそれぞれ名前がつけられて並んでいます。

みんなで「わーっ」「すごいねえ」と言いつつ回っていきます。

「社殿の南側にある7本の巨樹で神木としてしめ縄を結わえてある。
7本の杉とも幹は真っすぐに1本に伸び、枝分かれしたものはない。
二柱杉(ふたはしらすぎ)は樹高47・5m、天壌杉(てんじょうすぎ)は根回り30mの大樹である。
樹齢1200年に及ぶ巨木が1ヶ所に現存することは貴重であり昭和33年県指定の天然記念物になっている。」HPより

064h境内地には、ほかにも根回り4メートル余の大木が、杉のほか、檜、ケヤキ、樅、松、栃など100本余あるという。

大きな木が醸し出す、

070h静かな大きな空間の中に

凛として気持ちの良い空気が流れています。

来てよかったと思いました。

077h

北口本宮富士浅間浅間神社の冨士太郎杉

(幹周/8.2m、根回り/21.0m、樹高/30m、樹齢約1000年)
と比較しても大きいのですね。

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2012年5月 3日 (木)

今日の一枚…丹霞郷

3日は雨だと思っていたので

美術館に行く予定をしていた。

おきたら、雨は降っていなくて、

さっそく行く先を変更

丹霞郷

飯綱方面の花観光へ。

帰ったら整理してまとめます。

P5030863

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2012年5月 1日 (火)

富士山その2

023_2


011_2


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032_2パソコンを担いできたけれど

うまくつながらず

ちょっと息子のを借りて

なので

写真も中途半端ではありますが。

富士山の写真を

たくさんの中から数枚

桜と富士山に夕日という写真を撮ろうと三脚を立てて待っている人が

山もりいました。

よくあるよねぇ、などと言いながら

同じようにカシャ

時間ごとに

移り変わる光の微妙な美しさに

幸せな時間を過ごしました。

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連休!まずは河口湖へ①

352hg


28日29日と

このところ恒例になっている母との春の旅行へ行ってきました。

今回はあいにく連休と重なってしまい、いろいろ悩んだ末、河口湖へ。

日帰りでもいけるところですが、

大混みになるかもしれないので

近間で。

天気は上々

写真は夕陽が沈む前の富士山

混むと思ったら意外に込まず、娘一家は我々が出るころには、すでに河口湖のそばまで到着して元気な笑顔をメールで送ってくれました。さすが毎日6時起きの早起き一家であります。

我々も下道を行き、10時過ぎにはつきまして、食事前に河口浅間神社に行きました。

夕食前に、部屋から。359hg


部屋からは大きな窓から

真ん前に富士山が見えます。(見えれば・・・)

母はそこに座って「きれいだなぁ。」

眺めていました。

「1年に一回は来たいねえ。」

「そうか!じゃあまた来ようね。」気持ちもすっきり、元気がもらえる日本人です。(ごく一般的な)

046あまりによく見えたので、山ほど撮った写真たち。

その整理も終わらないのですが、連休はまだ続きます。

ということで、また・・・・

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2012年4月30日 (月)

『トーキョー・ストレンジャー』 姜 尚中 24

3月16日に87歳で亡くなった評論家、吉本隆明さん。

彼の死後、さまざまな弔文が発表されている中で、

3月27日の新聞夕刊に発表された姜尚中さんの一文「大衆に寄り添うがゆえの変貌」を読み、良かったという夫が、姜さんの本を読んでみたいというので、借りてきたもの。

を、ついでに読んだ。2011年6月発行

女性誌BAILAに2007年12月号から2010年5月号まで連載されていたエッセーに加筆修正を施したものという。

であるからして、一つ一つの文は短く、そして易しく読みやすい。

「トーキョー」というカタカナ表示と、たくさん載っているモデル並みのかっこいい(?)彼の写真が満載なのには、最初違和感があった。

「トーキョー」という書き方は、彼の意識的な立ち位置なのか、それとも「誰もが現代ではストレンジャー」であるからしてなのか。

以前、彼をテレビ討論で見たとき、喧々諤々の大声が飛びかう中で

ひっそりと低い声で話し出す彼に

この人は誰?と思った。

不思議とみんなが黙り、発言に着目するのはなぜなのだろうと思っていた。

そのテレビ出演も最近はあまり見かけないがどうしたのだろう。

東京の今のさまざまな場所・ポイントを視察して、それとの思いを書くというシリーズ。

何も知らずに読んで行ったが、

これは何かの講義なのだろうか、と時々思った。

そんな風な、読み手に聞かせるような、教えるような言い回しが多々あった気がするのだ。

書いてある内容は、易しい文ではあるが、意味深いと思う。

・自分は日本人なのか、韓国人なのかーーその答えを切望しながらも、そのどちらにもなりきれず、どちらにもなじめない、そんなアンビバレントな感情を抱えていたのです。

・皆さんのなかにも、たぶん「自分探し」をしている人はいるでしょう。でも、“本当の自分”なんてないのです。あるのは、今そこにある自分だけです。だから大切なことは、まずはありのままの自分に気づくこと。そして自分の中の矛盾を抱えたまま、すべてを引き受けること。「自分探し」の旅に必要なのは、その覚悟と胆力なのです。

・この時代に生きる限り、悩むことは当然であり、むしろもっと悩んでいいのだと私は言いたいのです。

・だからよく「異文化理解」というけれど、常に「理解できないものもある」ということを前提に置くべきです。理解できないものがあって、初めて「異文化理解」が成り立つ。そのことを頭に入れておくことが大事なのです。

・ですから「私たち」とか「国民」といった非人称の主体にすべてをゆだねるのでなく、私はどう思うか、私はどう考えるか、その実感を大切にしてほしいと思います。

・大切な記憶がしまわれている場所がある人は、簡単には揺るがないし、自分を見失わない。

・流れの中に自分の定点をおくのはとても難しいことです。でも、どんなものにも 順応するけれど、決して奪われないものを自分の中に持ち続ける、そんな人生を送れたらと思っています。

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2012年4月28日 (土)

宜(むべ)なるかな

「むべなるかな」

その意味は知っていた。

もっともなことだなあ。いかにもそのとおりだなあ、であると。

「なるほど」のような意味でいいのかも。

しかし、そこらへんでみんなが頷きながら

「むべなるかな、」「うべなるかな」っていうのもなあ。

そのもとになったということだけれど・・・

で、調べてみた。

むべ=うべの意味は、(名詞)もっともであること。(副詞)なるほど、本当に。

よろ(ーしい)、よろ(ーしく)とも読む。

植物の「むべ」は漢字で「郁子」と書くらしい。アケビ科のツル状の常緑性低木で、10月中旬から11月にかけて、鶏卵より少し大きいくらいの赤紫の実をつける。

そういえばあの道で見たことがあった実だ。

今はっきりと赤紫の実を思い出した。

そう、アケビに似てたんだ。別名は常盤通草(ときわあけび)。 ふむ

天智天皇が果実を食べたとき発した「むべなるかな」という一言に由来するという伝説があるという。

琵琶湖のほとりに位置する滋賀県近江八幡市の北津田町には古い伝説が残っている。蒲生野に狩りに出かけた天智天皇がこの地で、8人の男子を持つ健康な老夫婦に出会った。
 「汝ら如何(いか)に斯(か)く長寿ぞ」と尋ねたところ、夫婦はこの地で取れる珍しい果物が無病長寿の霊果であり、毎年秋にこれを食するためと答えた。

賞味した天皇は「むべなるかな」と得心して、「斯くの如き霊果は例年貢進せよ」と命じた。その伝説の舞台になった滋賀県近江八幡市北津田町では、ムベを「町おこし」のシンボルと定め、駅前などに植栽したり、果実を皇室に献上するなどの活動を続けているそうです。」HPより

途絶えていた皇室への献上も再び行われているようです。2004or3年のことらしかったので、さらに検索してみたら(便利に使っています。ネット検索)去年も行っているようで、よかったよかった。

頑張っているのだな、と思いました。

「伝説の老夫婦の親せきといわれ、長い間献上の供御人(くごにん)を担っていた家」もあったと書いてある。そういう家があるというのもすごいな。

この言い伝えを聞いて「むべ」になったのか、それとも「むべ」でござります、とか老夫婦から返事されて、ちょっとしたダジャレで答えたのか。

とにかく、先日の「何の花?お名前は?」の答えは

   
    「むべ、ムベ」 であります。

教えていただきありがとうございました。

 なるほどなぁ。

 むべなるかな! 

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2012年4月27日 (金)

文旦漬

文旦の砂糖漬け

宮崎のお土産

008e007e文旦は標準和名はザボン(朱欒、香欒)。ボンタンとも呼ばれる。

わたしは「ボンタン」と言っていた。

四国の文旦は中身がおいしいので生で、九州のはそうでもないので加工されるという。

今回はそれがお土産。

それがいいと、リクエストしたのだが。

久しぶりである。

母が噛めないからいらない、というので

買うのをやめた、という話だったが。

美味しいものなら、たくあんでも食べる母

きっと大丈夫

薄く切って食べようね。

案の定、お土産を見たら、うれしそうな顔をした。

ぱっと明るくなった顔を見て、私たちもうれしい。

昔、母たちと別府に行ったときに買った記憶がある。

母と3人で行った四国の旅行では、安くおいしい文旦(3個200円)を民家の庭先で買って、車で食べた。

車の中がみかんの香りでいっぱいになったのを覚えている。

みかん山の中を車の中までみかんの香りで一杯にして、走り抜ける車。

車の中の我々はなぜかニコニコ、笑顔いっぱいだった。

011e6箱入りの、ボンタンアメもお土産。

小さなお土産の後ろに

よみがえる旅の思い出。

っていうか,おいしいものがあったほうが、思い出も忘れにくい。

もっと言えば、美味しいものが旅の思い出に直結している私。

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2012年4月26日 (木)

『解錠師 』 スティーヴ・ハミルトン  23

010g久しぶりのスティーヴ・ハミルトンである。

お元気でしたか、という感じ。

見れば、作品は出ていたけど、邦訳されていないということらしい。

ジェットコースター的緊張、展開ではない。

残り最後、後厚さ5ミリ(?)となった深夜、

私はあと少しにもかかわらず、なのにしばし眠くなった。寝た。

ミステリーのラストにあるまじきことである。

しかしこのミステリはそういうミステリ。

眠くなるものというわけではない。

主人公は幼少時に恐ろしい事件に遭遇していて、

その影響で口がきけなくなり、そこから・・・・

鍵を開けるというその微妙な感触がかなり読み手にも伝わってくる。

自分は静寂の中で、相手だけが語り、それを聞くだけ、という設定、話す人も大変である

その中で、絵を通して語り合う愛の形も。

そして

それらを今いる牢獄から、見ているのだ。

遠く薄く見える幾重にも重なった時間空間を

一枚ずつはぎ取り、時には重なったままでみていく感じ

それらは

強烈な事件ながらも、うすぼんやりと見えているようで、

意識を失い、つまり寝てしまうということになったのだ。

最終的にはその晩に目覚めてちゃんと読んだが、

ミステリとしても、かなり心理的・内面的なものに私は感じた。

推理で犯人を追いつめる、というものとは異なる、ということだ。

個人的には彼の将来を応援したいと、思った。

彼のアレックス・マクナイトシリーズで翻訳された3冊はなぜか読んでいた。

そこから結構な年月がたっている。

氷の闇を超えて  1998年 邦訳2000年4月

・ウルフ・ムーンの夜  2000年 邦訳2001年1月

狩りの風よ吹け   2002年 邦訳2002年5月

内容紹介

【アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀長篇賞/英国推理作家協会賞スティール・ダガー賞/バリー賞最優秀長篇賞/全米図書館協会アレックス賞】  けっして動かないよう考え抜かれた金属の部品の数々。でも、力加減さえ間違えなければ、すべてが正しい位置に並んだ瞬間に、ドアは開く。そのとき、ついにその錠が開いたとき、どんな気分か想像できるかい? 八歳の時に言葉を失ったマイク。だが彼には才能があった。絵を描くことと、どんな錠も開くことが出来る才能だ。やがて高校生となったマイクは、ひょんなことからプロの金庫破りの弟子となり芸術的な腕前を持つ解錠師になる……プロ犯罪者として非情な世界を生きる少年の光と影を描き、世界を感動させた傑作!

2009年、邦訳出版2011年12月 

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